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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和44年(ワ)248号 判決 1971年4月12日

主文

被告は、原告竹美に対し金二、七五九、一七〇円、原告三千代に対し金二、七一七、五〇〇円と右各金員に対する昭和四五年一月九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告俊直、同晃宏の請求および原告竹美、同三千代のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四六分し、その一を原告俊直、その一を原告晃宏、その九を原告竹美、その九を原告三千代の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は、原告藪中竹美に対し金四、〇六一、〇六六円、原告藪中三千代に対し金三、九九八、二三四円、原告藪中俊直に対し、金二〇〇、〇〇〇円、原告藪中晃宏に対し金二〇〇、〇〇〇円及びそれぞれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告は、本訴第一審判決の言渡日に原告藪中竹美に対し、金三九〇、〇〇〇円、原告藪中三千代に対し金三八〇、〇〇〇円原告藪中俊直に対し金二〇、〇〇〇円、原告藪中晃宏に対し金二〇、〇〇〇円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一  本件事故発生

(一)  発生時 昭和四四年三月二二日

(二)  発生地 名古屋市瑞穂区汐路町三丁目一三番地

(三)  加害車両 小型乗用車(名古屋五―ゆ五七三六号)

右運転者及び所有者 被告

(四)  被害者 藪中秀和

(五)  態様

被告が(三)の車を運転中、前方を歩行していた訴外藪中秀和に右車両を衝突させ、右訴外人に頭蓋底骨折及後頭部挫傷、顔面打撲擦過傷、左肘部同手背擦過傷を負わせ、右訴外人は右傷害によつて、同年同月二四日午前六時五分死亡した。

二  責任原因

被告は前項(三)の自動車を自己の用に供していたところ、その運行によつて、本件事故を惹起したのであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  原告等と訴外藪中秀和との関係

原告藪中竹美は訴外亡藪中秀和の実父であり、原告藪中三千代は同訴外人の実母であり、原告藪中俊直、同藪中晃宏は同訴外人の実弟である。

四  損害

(一)  葬儀費用等

原告竹美は訴外秀和の医療並びに葬儀等の費用の支出を余儀なくされ、合計金九一、一六二円の損害を受けた。その内訳は左の通りである。

(1) 医療費 金二六、九四〇円

(2) 入院雑費 金二、八二〇円

(3) 入院時の附添交通費 金四、四八〇円

(4) 葬儀費用 金二七、六五〇円

(但し、葬儀社に対する支払分金二二、六五〇円及び僧侶に対する謝礼金五、〇〇〇円)

(5) 葬儀の際の連絡費、交通費、及び飲食費その他 金二九、二七二円

(二)  逸失利益

訴外秀和の将来得べかりし利益喪失による損害金は、金七、五四七、四六六円であり、その計算は左の通りである。

(1) 訴外秀和は、死亡当時一七才の男子であるから、その平均余命は五一・八四年であり、同訴外人の職業は調理士であるから、少なくとも六五才までは就労可能である。従つて同訴外人の余命稼動年数は六五才から一七才を差引いた四八年間である。

(2) 同訴外人は、本件事故当時訴外飲食店「パリ屋」に調理士として勤務し、事故直前である昭和四四年三月には金三二、六〇〇円の給与収入を得ており、これを年間に換算すると金三九一、二〇〇円となる。

同人は、調理士の資格を有しており、その経験が増すのに応じて給与も増額するものである。

そこで、年令に応じた同人の給与額を調理士の年令別平均給与の統計表(賃金センサス、昭和四四年第三券三〇頁以下、労働省労働統計調査部、(甲第一八号証参照)によつて求めると左記の通りとなる。

(イ) 一七才より一九才迄 月収金三二、六〇〇円

但し、右統計表によると月収金二八、八〇〇円であるが、同訴外人は前記の通り、事故前に金三二、六〇〇円の月収を得ていたのでこれによつた。

(ロ) 二〇才より二四才迄 月収金三五、四〇〇円

(ハ) 二五才より二九才迄 月収金四八、九〇〇円

(ニ) 三〇才より三四才迄 月収金五四、七〇〇円

(ホ) 三五才より三九オ迄 月収金六四、三〇〇円

(ヘ) 四〇才より四九才迄 月収金六六、一〇〇円

(ト) 五〇才より五九才迄 月収金六三、七〇〇円

(チ) 六〇才より六五才迄 月収金四八、四〇〇円

(3) 同訴外人の生活費は収入の五割である。

(4) 右(2)の(イ)乃至(チ)の各区分毎に一年間の給与総額から五割の生活費を引いた金額に対し、年別ホフマン式計算法による現価総額の計算表により算出した数値を乗じて、民法所定年五分の割合による中間利息金を控除して本件事故当時の一時払金に換算すると左記の通り合計金七、六四一、四六八円となる。

<1> 17才より19才迄(2年間)

32,600×12×1/2×2年の計数1.86=363,816円

<2> 20才より24才迄(3年目より7年目迄)

35,400×12×1/2×(7年の計数5.87-2年の計数1.86)=851,724円

<3> 25才より29才迄(8年目より12年目迄)

48,900×12×1/2×(12年の計数9.21-5.87)=979,956円

<4> 30才より34才迄(13年目より17年目迄)

54,700×12×1/2×(17年目の計数12.07-9.21)=938,652円

<5> 35才より39才迄(18年目より22年目迄)

64,300×12×1/2×(22年の計数14.58-12.07)=968,358円

<6> 40才より49才迄(23年目より32年目迄)

66,100×12×1/2×(32年の計数18.80-14.58)=1,673,652円

<7> 50才より59才迄(33年目より42年目迄)

63,700×12×1/2×(42年の計数22.29-18.80)=1,333,878円

<8> 60才より65才迄(43年目より48年目迄)

48,400×12×1/2×(48年の計数24.12-22.29)=531,432円

<1>+<2>………+<8>=7,641,468円

(5) 以上の通り、同訴外人の得べかりし利益喪失による損害金は金七、六四一、四六六円であり、原告竹美、同三千代はそれぞれ相続により右損害賠償請求権の二分の一である金三、八二〇、七三四円宛の損害賠償請求権を取得した。

(三)  慰謝料

(1) 訴外秀和は、生来健康に恵まれ、昭和四三年三月二三日調理士の免許を得てからは、調理士として成長すべく努力を続けて来たのであり、職場での評判もよく、親思いの青年である。本件事故により、これまでの努力を水泡に帰すに至つた同訴外人の精神的苦痛は甚大であり、その慰謝料額は金二〇〇万円を相当とする。原告竹美、同三千代はいずれも相続により、右慰謝料請求権の二分の一である金一〇〇万円宛の請求権を取得した。

(2) 原告竹美、同三千代はその将来に期待をかけていた同訴外人を本件事故によつて無慚にも奪われ、その精神的苦痛は極めて大きい。従つて、右原告両名の慰謝料額は各金五〇万円宛を相当とする。

(3) 原告俊直、同晃宏は本件事故によつて最愛の兄を奪われ、その精神的苦痛は大である。従つて、その慰謝料額は各金二〇万円宛を相当とする。

(四)  弁護士費用

原告等は、被告が前記各損害金の支払をしないので、昭和四四年一二月二三日弁護士村林隆一に被告を相手とする損害賠償請求訴訟を委任し、その着手金及び費用として、同弁護士に原告竹美、同三千代は金二四〇、〇〇〇円宛、原告俊直、同晃宏は各金一万円を支払い、謝金は判決により認容された金額の一割に当る金員を支払うことを約したので、原告竹美は金三九〇、〇〇〇円を、同三千代は金三八〇、〇〇〇円を、同俊直、同晃宏は各金二万円を、第一審判決言渡日に支払うべき債務を負担している。

依つて、原告竹美は金六三万円、同三千代は金六二万円、同俊直、同晃宏は各金三万円の損害を受けた。

(五)  一部弁済金の受領とその充当

原告竹美、同三千代は本件事故による損害に対し、自動車損害賠償責任保険金として合計金三、〇二八、三三〇円(内訳原告竹美金一、五二八、三三〇円、原告三千代金一五〇万円)を受領し、又被告より合計金一二五、〇〇〇円(内訳各金六二、五〇〇円宛)を受領している。

右保険金中金二八、三三〇円を前記(一)の(1)医療費、(2)入院費、(3)入院時の附添交通費に按分充当した。

原告竹美、同三千代の保険金残金及び弁済金の各合計金一、五六二、五〇〇円宛の金員をそれぞれ各損害金請求権に按分充当した。

五  結論

従つて、被告は原告竹美に対し金四、〇六一、〇六六円の、同三千代に対し金三、九九八、二三四円の同俊直、同晃宏に対し、それぞれ金二一万円宛の損害金並びに右各金員に対する本件訴状送達の翌日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに本訴第一審判決言渡日に原告竹美に対し金三九万円、同三千代に対し金三八万円、同俊直、同晃宏に対し、それぞれ金二万円宛の損害金の支払義務がある。依つて、原告等は被告に対し右各金員の支払を求めるべく本訴に及んだ次第である。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一  原告の主張する請求原因事実の中で、(1)その日時(正確には同日午後一一時五分頃)、その場所において、(2)被告が保有する小型乗用車を被告が運転中、訴外亡秀和と接触したこと、(3)同訴外人がその主張の日時に死亡するに至つたこと、(4)原告等が亡秀和とその主張の如き身分関係にあること、(5)原告竹美、同三千代が被告の車両の所謂自賠責保険につき被害者請求の方法によつて金三、〇二八、三三〇円を受取済であること、又被告から一二五、〇〇〇円を受領していること、以上(1)乃至(5)の事実は、被告においても之を認める。

しかし右を除く原告主張事実は凡て争う。

二  (逸失利益)

(1)  逆相続の問題点についてはジユリスト四三一号、一六〇頁で加藤教授が指摘される通りであるが、本件に於ても原告等は亡秀和の収入をあてにしていたわけではなく、将来も亡秀和の妻子にはその収入が期待されこそすれ亡秀和が収入の五割をさいて両親を扶養する事など殆んど考えられなかつたはずである。

(2)  むろん相続制度を採る以上何らかの逸失利益は考えられようが、原告等の主張する五割の生活費は妻子のいる場合を想定しての事であり、(妻子がいれば原告等の相続はあり得なかつたから)その請求には矛盾がある。両親が相続する以上、独身者としての逸失利益を一生涯算定すべきでありそうすれば生活費として八割は考慮すべきである。

(3)  調理士は手先の熟練と、かなりの肉体労働を要求される職種であるが(その為若年者が多い)原告主張の六五才を就労可能と考えるのは当を得ない想定である(喫茶店の調理士にそのような老齢者はいない。)従つて大企業の定年位(五五才)迄考慮すれば相当である。

(4)  亡秀和の就労可能年数を五〇才乃至六〇才とするにしてもそれ以降平均余命迄の生活費はどのように算定するのであろうか。最高裁の判例によれば「収入は少な目に、支出は多い目に」という事であるから右のような事情は当然逸失利益算定上考慮すべきであろう。

大阪地裁交通専門部のようにそれらの事情を全て考慮して初任給固定説を採るというのであればそれも一つの実際的な理論ではあるが、平均給あるいは或程度の昇給を見込むのであれば就労可能年数以降平均余命迄の生活費を「多い目に」少くとも一ケ月当り二五、〇〇〇円は控除されるよう主張する。

(5)  中間利息控除の方法はホフマン式でなくライプニツツ方式によるよう主張する。若年者の場合、就労可能年数が長期にわたる為、元金に五分の利息を掛け合せると年収より多くなるという不合理を来す為である。

三  (慰藉料)

(1)  兄弟の慰藉料は民法七一一条に定められておらず、固有の慰藉料請求権を有しない。仮に有するとしても第二次的なものであつて両親等請求権者がいる場合には兄弟の慰藉料請求権は認めないのが民法七一一条の法理から見て至当である。

(被告の抗弁)

一  (過失相殺)

(1)  事故地点は横断歩道から南の方へ一八メートル乃至二〇メートル離れた南行車線のほぼ中央(非舗装部分も含めると中央と言うよりむしろセンターライン寄り)附近である。当時は深夜ではあつたが「市街地」で「交通頻繁」(〔証拠略〕現場道路の状況)な地点であつたから横断者としては斜め横断する事なく横断歩道上を真つすぐすみやかに横断し、横断終了後は未舗装部分を進行すべき注意義務があるのにそれを怠り無暴にも進行してくる事が充分予想される南行車両に背を向けた格好で車線中央を進行する重大な過失にも本件発生の要因が存在する。

(2)  夜間であるから歩行者からは車のヘツドライトの発見は非常に容易である半面、運転者からはヘツドライトの性能に限界がある為、横断歩道上のように街灯がついていればともかくそうでなければ、深夜ならば数十メートル先で発見するのが精一杯でそれからの避譲措置を考えれば車線の中央を歩行する事が危険かつ無暴な自殺的行為であるか自明であると言わねばならない。

運転者は「ひき逃げ」をした為二年の実刑判決を受けたが、事故の原因は被告の前方不注視と(但しほんの一瞬である)前述のような被害者の斜め横断、車線中央の車両と同一方向への歩行(しかも当時は深夜であつた)が競合している。

優者の危険負担の原則があるとしても損害の公平な分担という観点から充分な過失相殺がなされるよう主張する。

(抗弁に対する原告の答弁)

一 被告の過失相殺の主張は否認する。

(立証)略

理由

(事故の発生・責任原因)

原告主張の日および場所において、被告保有の小型乗用車(以下被告車という。)を被告が運転中、訴外藪中秀和と接触し、同人が主張の日時に死亡するに至つたことは、当事者間に争いがない。

(過失相殺)

〔証拠略〕によれば、(1)、被告は、前示事故発生日の午後一一時ころ、被告車を運転して事故現場に差しかかり、時速約五〇キロメートル位で南進したが、片手運転のまま「くわえたばこ」に火をつけるべくカーライターを取り出した際これを落したため、その方に注意を奪われて一時前方注視を怠つたが、折から道路左側の進路上を同方向に歩行していた被害者訴外藪中秀和の発見が遅れ、同人に約七メートル位に接近して初めて気づき、急制動をかけたが及ばず(約一三メートル余りのスリツプ痕を残している。)、被告車左前部を被害者に衝突させて、同人を一九メートル余前方の道路上にはねとばしたこと。(2)、本件事故当時現場付近は暗くて見とおしがわるく、事故現場付近の道路には歩車道の区別がなく幅員は一四・八メートルあるが、そのうち中心線から左右各四・七五メートル位が舗装されており、交通量はかなり多いところであるが、被告車は、右舗装部分を中央線から被告車の左車輪(スリツプ痕により計測)までの距離が約三ないし三・七五メートル位の地点を進行しているとき被害者に衝突したこと。(3)、被害者は、当時黄土色の上衣を着用し、紺色のズボンをはき、被告車に衝突される直前、左側通行をして被告と同方向に南進し、事故現場付近の舗装部分と未舗装部分の境から中央線寄り約一メートル余のところを友人の訴外一柳正孝と並んで歩行中、後方からきた被告車に背後から衝突されたこと。以上の各事実が認められる。

以上の認定事実によれば、被告の過失は免れがたいが、一方被害者亡秀和においても、深夜みとおしの悪く交通量の多い道路を比較的黒つぽくて発見し難い衣服を着用して左側通行しながら、道路片側の中央付近で、車両の通行することが予想される舗装部分に約一メートル余もはいつて歩行していたというのであるから、被害者にも本件事故発生に寄与した過失があつたものというべきである。すなわち、深夜暗い路面においては、歩行者から車両の発見が容易である反面、運転者からの前照燈による視界は狭く、殊に黒つぽい服装の人間を発見することはかなり困難であるから、被害者においても事故回避のため、かかる危険地域に立入らないようにすべき義務があるものと解すべきである。そして、被害者の右過失は本件賠償額を算定するにつき斟酌すべく、その過失割合は、被告が八割に対し被害者が二割とみるのが相当である。

(身分関係)

原告らと訴外亡秀和との身分関係が、原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(損害額)

一  葬儀費用・医療費等

〔証拠略〕を総合すれば、原告竹美は、亡秀和の入院治療費、雑費、付添費、交通費、葬儀費等として、合計金九万円より少なくない金員を支払つていることが認められる。

二  逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡秀和は、昭和二六年一一月二六日生れの健康な男子で、昭和四二年三月中学校を卒業し、その後約一年間調理学校に通学して、調理師免許証を昭和四三年三月二三日に取得し、同年八月から名古屋市内の喫茶店合名会社パリ屋に勤務し、月額三二、六〇〇円より少なくない収入をえていたことが認められる。

〔証拠略〕によれば、調理師の年令別平均給与額(企業規模計)は、労働省労働統計調査部の賃金センサス昭和四四年三巻三〇頁によると、原告主張のとおり(請求の原因四、(二)、(2)、(ロ)ないし(チ))であることが認められる。

以上の認定事実によれば、亡秀和は、本件事故当時満一七年の男子であり、厚生省第一二回生命表によると平均余命は五三・〇一年であることが統計上推測できるし、調理師が少なくとも五九才まで稼働可能であり、亡秀和が、稼働し、主張のとおり、一七才から一九才まで月収三二、六〇〇円、二〇才から五九才まで前記年令別平均給与額より少なくない収入をえることが出来たであろうことは、これを否定するに足りる特別な事情の認められない以上、推測することができ、その場合右収入をえるために要する生活費その他の支出が、多くとも原告主張のとおり全収入の五割を超えないものというべきである。

被告は、原告らの亡秀和に対する扶養請求権が少ないことを理由として、逸失利益の五割をさいて亡秀和の両親である原告らに相続させることは失当であると主張するが、死者の得べかりし利益を不法行為時に喪失したものとみなして、損害額を算定している現在の法制度のもとでは、かような矛盾の生ずることは止むをえないことであり、又被告は、五割の生活費控除は妻子のいる場合であり、両親が相続する以上一生涯独身者として八割の生活費を控除すべきであると主張するが、生活費控除は、その収入をえるための費用(労働再生産費)を差引くのであるから、相続人が誰であるかによつて影響されるべきものではなく、常にその収入をえるために必要な限度において控除すべく、亡秀和の予想収入額を基準とするかぎりでは、全収入の五割の生活費を控除すれば十分である。

被告は、調理師の就労可能期間を五五才以上考慮するのは妥当でないと主張するが、調理師の労働は肉体労働であるとしても、さほど激しいものともおもわれないので、控えめに見て少くとも五九才まで就労可能であるとするのが、平均余命が長くなり就労年数も延長しつつある現状からみても相当である。原告は、六五才までの逸失利益を求めているが、相当でなく採用できない。

被告は、又就労可能期間以降平均余命までの生活費を逸失利益から控除すべきである主張している。けれども、生活費等の控除は、うべかりし利益を獲得するため直接必要な費用ないし右利益と関連する支出を控除することにより、純損害を算定するという、いわゆる損害相殺の法理の適用に依拠するものであるから、その具体的損害発生に直接関連し、かつその損害の範囲に照応して発生した利得を控除すべきであつて、逸失利益と直接関連性のない就労可能期間経過後の生活費を控除することは妥当ではないのみならず、就労可能期間経過後といえども、被害者が全く無収入とは限らないし、又第三者による扶養もありえるから、かかる生活費を被害者のうべかりし利益から控除すべきでないと解するのが相当である。

被告は、更に中間利息控除の方法として、被利割引を行うライプニツツ方式によるべきであると主張している。たしかに、本件のごとき稼働可能期間が長期になる場合には、右方式により計算する方がホフマン方式によるよりも合理的であるようにみえる。けれども、損害賠償債権を貯蓄の元本と同視して複利による中間利息控除を行うことは、現在の民事訴訟において利息や遅延損害金の計算が当然に複利にならないこととの均衡を失するばかりでなく、又逸失利益算定における現在の実務が単利計算によるホフマン方式を採用し、おおむね判例法として一般化している現状に徴するときは、本件だけにライプニツツ方式を採用することが、他の事件との間の均衡を失することにもなるので、今直ちに右方式を採用することは相当でない。

そこで、亡秀和の前記年令別収入予定額から五割の生活費等を控除し、年別ホフマン方式により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時における亡秀和の五九才までの逸失利益総額を求めると、金七一一万円(万単位未満切捨)となる。

三  過失相殺

以上原告竹美の損害額九万円および亡秀和の受けた損害額金七一一万円につき、亡秀和における前示過失を斟酌すると原告竹美の受けるべき賠償額は金七万円(万単位未満切捨)亡秀和のそれは金五六八円(万単位未満切捨)となる。

四  慰藉料

前示本件事故の体様ことに亡秀和における過失、同人の職業、年令、境遇その他諸般の事情を考慮すると、亡秀和が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一六〇万円が相当であり、原告竹美、同三千代の受けた苦痛に対する慰藉料の額はそれぞれ金四〇万円とするのが相当であると思料する。

原告俊直、同晃宏は、亡秀和の弟であること前示のとおりであるが、被害者の死亡による近親者固有の慰藉料については、その者が民法七一一条に規定する親子や夫婦関係にある者以外の者である場合には、(1)、未認知の子や内縁の配偶者のごとく、親子・夫婦の関係に準ずる者であるか、(2)、或は、被害者に親子・夫婦の関係にある遺族がないか、又はこれがあつても親子・夫婦としての実態が失われている場合であつて、かつ被害者と同居して同一の生計に服し互に扶助し合つているなど夫婦・親子関係と同程度の特別に緊急な生活関係があつた場合においてのみ、民法七一一条を類推して、これを認めるのが相当であるから、本件のように被害者に相続人たる両親があつて、その親子関係の実態が失われていることもなく、しかも同人らが亡秀和の慰藉料を相続するとともに自己固有の慰藉料をも認容される場合には、被害者の兄弟である原告俊直らに対し、固有の慰藉料を認めるべきではない。

五  相続

以上のとおり、亡秀和は、合計金七二八万円の賠償請求権を有するところ、原告竹美、同三千代は両親として各自二分の一である金三六四万円宛を相続により承継したことは明らかである。

六  弁済充当

原告竹美、同三千代が、強制保険より金三、〇二八、三三〇円を受領し、被告から金一二五、〇〇〇円の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。右弁済のうち、原告竹美は、金一、五九〇、八三〇円を、原告三千代は金一、五六二、五〇〇円を、それぞれ自己の弁済に充当したと自陳しているので、そのとおり充当すると、賠償額は、原告竹美が金二、五一九、一七〇円、原告三千代が金二、四七七、五〇〇円となる。

七  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告竹美、同三千代は、本訴の遂行を代理人たる弁護士に委任し、着手金として各自金二四万円宛を支払い、成功報酬として判決認容額の一割を支払う旨約していることが認められる。本訴の経過、認容額主張、立証の程度その他の事情を考慮すると、弁護士費用は、着手金の限度において相当として認容すべきである。

(結論)

そうすると、被告は、原告竹美に対し金二、七五九、一七〇円、原告三千代に対し金二、七一七、五〇〇円と右各金員に対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四五年一月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度において相当として認容し、その余は失当として棄却すべく、民事訴訟法九二条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

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